去る3月8日(土)、「北海道若手福祉従事者サポートネットワーク年度末全道集会」が札幌で開催されました。
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このネットワーク事業の設立に先立ち、全道・全国で福祉従事者へのアンケート調査を行ったところ「悩みがある」または「今の職場を辞めたい」という回答が多かった反面、「出来る限りこの仕事を続けたい」と前向きに願って頑張っている若手職員が約8割近くいることが分かったとのことでした。
その前向きな職員が孤立しないように仲間を作り、さらに仲間同士をつなげるネット―ワーク作りを目的に、昨年度と今年度全道各地でフォーラムを開催したところ450名の参加を得ながらネットワークの会員も増えてきたとの報告がありました。その中で、ただ、若手職員同士でつながりを持って語り合い、道を切り拓いていこうとしていても限界があるので、このシンポジウム第1部では“メッセージ”、第2部では“エール”として先輩方に後押しをいただくという趣旨での開催でした。
参加者は障がい・高齢分野の職員・医療ソーシャルワーカー・社会保険労務士と多岐に渡って、色々な立場で福祉に係わる方たちが集まっていたようです。

当初、第1部で登壇予定でした当会の三瓶会長はインフルエンザの為キャンセルとなり、ピンチヒッターの北海道医療大学看護福祉学部臨床福祉学科長 石川秀也氏と、北海道認知症グループホーム協会 宮﨑会長、社会福祉法人幸清会 大久保理事長、そしてコディネーター 社会福祉法人ゆうゆう 大原理事長で進められました。
「若手に送る先人たちからのメッセージ」とのことでスタートしたシンポジウム第1部は、以前からの「知り合い」であるシンポジスト3人に対しコーディネーターの大原氏から「出会いから今まで、職種・分野・地域を超えて公私にわたって繋がっているコツは?」との質問があり、道老施協の役員や学会で長く繋がりのあった石川氏と大久保氏は、石川氏が「深く人を愛する心」、大久保氏は「深く人を受け入れる心」とコメント。
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参加者へ、石川氏は、数度転職した中で、良き仲間を多く持ち、その領域で指導してくれる人、相談する相手を見つける、そして勉強し向上心を忘れないことを、心掛けたことを離され、その中で「ここまででいいか…」と諦めてしまったことを後悔していると話されました。

宮﨑氏から参加者へのメッセージは、「結果ではなくプロセスが大事であること、今までしてきたこと・今していることが必ず将来どこかに繋がると信じて欲しい」と、事前に用意していただいた手紙を読み上げてくださいました。ご自身も転職を繰り返していく中で大久保氏との出会いがあり、今に繋がっていると語ってくれました。
(手紙の全内容は【点から線へ】というタイトルでグループホームアウルのHPに掲載されています。)
宮﨑氏が13年勤められた大久保氏の法人からの独立は、大久保氏の「現場で志を持った人達が自分でやれるような仕組みの社会になっていけば良い。それを応援すべきだ」との言葉がきっかけ。
大久保氏は、「ステップアップを志す職員は沢山いるのに施設でのポストは限られている。可能性のある職員は「のれん分け」として外に出していければ良いと思っている」。

大原氏は、「学生時代スタート当初は4名からはじめた空き店舗で障がいのあるお子さんを預かる事業は、今はヘルパーやパートの職員を入れると120名の大規模法人になっている」と、起業に絡めた話題を、と逆に石川氏から振られて、動揺しながらも話してくれました。その当時、障がいのあるお子さんの親が、「自分(親)は今から(2.3歳位の)子どもの将来を想像している。自分の一生をかけて子どもを預ける場所を作っていかなければならない。ともすれば、自分より子どもが先に死んでほしいとさえ願っている」と泣きながら語ってくれた時に、この事業の道筋も立っていないような時期だったけれど、大原氏の言葉をそのまま言えば【はったり】で「分かりました。一生支えます!」と勢いで約束して、今に至っているとのこと。

大久保氏は、「仕事に、楽しい・つまらない、はなく、同じ仕事でも人のとらえ方によって違うもの。人との出会いも同じ、とらえ方によって変わるもの。辛い時ほど、プラスになるようなとらえ方をするようにしている。」と自ら経験したことの中から語られていて、永六輔の父親の生き方『静かに生きる。無理をしない。借りたら返す』というの内、最後の“借りたら返す”は、人生生きていということは、誰かに借りを作るということ。生きていということは、その借りを返すということ。誰かに借りたら誰かに返すことを心掛けていく、と話されました。


第2部は「若手からの投げかけに対する先人たちのエール」と題して、北海道知的障がい福祉協会 橘会長と社会福祉法人札幌この実会 加藤専務理事お二人のシンポジストに加え、1部に引き続き大原氏のコーディネートで進められました。
加藤氏が、福祉は「障がい者福祉」や「高齢者福祉」ではなく「人間福祉」であるべきで、利用者や利用者家族、施設職員すべてが自分の師であることを認識すべき。また、施設利用者は“利用者”ではなく、名前を持ったひとりの人間であることも決して忘れてはならない。『ヒト・モノ・カネ』のなかで何よりも一番“ヒト”が大切であり、その人の理念が重要である。理念の無いものは滅びる。と参加者に対し激を飛ばされ、
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全国知的障害者福祉協会会長でもある橘氏は、「国は地域貢献を拡充していくことも含めて社会福祉法人の大規模化を打ち出しているが、一法人一施設の小規模法人でも、廃校舎を利用した施設展開や、シャッター商店街での福祉ショップ開設等、充分雇用を生み出し地域貢献に繋がっている」と話されました。その為に、国の理解はもちろんのこと、地域の理解を得ることも重要だ、と付け加えられました。

そして、グループホームの火災や施設での虐待などが起こっている中で、【福祉施設】は【福死施設】になってはならない。仏教で「無財の七施(むざいのななせ)」とあり資産・お金が無くても七つの施しは出来るとの教えがあるが、その七つの内の四つ、
①眼施:優しい眼差しをかけてあげる
②言施:思いやりのあるあたたかい言葉をかけてあげる 
③心施:思いやりのある心で接する
④聞施:人の話をきちんと聞いてあげる
この四つをもって『福四施設』(四つの福を施すもの)となすことを、自施設で話しているとのことでした。

シンポジウム終了後、講師を含め参加者の半分くらいでしょうか、懇親会に参加されるとのことで、更にネットワークを広げていく機会が持たれていました。
道老施協の研修でもグループワーク等で「他の施設の話を聞けて良かった」との声をよく聞きますが、他の施設や地域を超えて、しかも高齢者施設と障がい者施設との交流はなかなかないものかと思いますので、益々この働きが広がっていくことを願っています。



北海道老施協 事務局